「Pearl of HOPE」の活動についてお話しすると、多くの方は「ヒマラヤの子どもたちを支援するプロジェクトなのですね」と言われます。もちろん、それは間違いではありません。けれど、この活動を続ける中で、私にとってPearl of HOPEは、もっと個人的で、かけがえのない存在になっていることに気づきました。

私は毎年、「自分に何ができるだろう」「何を届けられるだろう」と考えながら村を訪れます。そして帰る頃には、いつも「与えたもの」よりも、「受け取ったもの」の方がはるかに大きいことに気づくのです。
子どもたちは、どんな環境の中にも希望は自然に息づくものだということを教えてくれます。家族の姿は、幸せとは持っているものの多さではなく、共に生きる人とのつながりの中に育まれるものだと教えてくれます。そして村の人々は、伝統を大切に守りながらも、未来へ向かって歩んでいくことは決して矛盾しないのだと教えてくれます。


人には、それぞれの文化や価値観を大切にしながら、より良い未来を築いていく機会があるべきなのだと思います。何よりも、この旅は、忙しい日々の中で私が忘れかけてしまう、とても大切なことを思い出させてくれます。肩書きや仕事、責任や実績の前に、私たちは皆、一人の人間であるということです。生まれた国も、時代も、置かれた環境も違います。それでも、一人ひとりが希望を抱き、責任を背負い、ときに悩みながら、自分らしい人生を歩もうとしていることに変わりはありません。


だから私は、何度でもこの場所へ戻ってくるのだと思います。世界を変えられると信じているからではありません。旅をするたびに、変えられているのは、いつも私自身だからです。
Pearl of HOPEは、誰かに希望を届けるためだけの活動ではありません。出会う人々から、知恵を学び、感謝を知り、物事を見つめる新しい視点を受け取る旅でもあります。誰かの人生を理解しようとすること。
それは、私たちが人生の中で受け取ることのできる、最も尊い贈り物の一つなのだと思います。
だから私は、今年もまた、持って行ったものよりも、はるかに多くのものを胸に抱いて、この村をあとにします。